論理の国語

中学受験のことや、国語に関する様々なことを書いていこうと思います。中学受験を目指すご家庭や指導関係者の参考にになれば幸いです。

雑談(おとぎ話と教訓)④

今回は、一見教訓は分かりやすそうだが、よく考えると教訓が分からなくなる浦島太郎について書きたいと思います。


浦島太郎のあらすじ(wikipedia参照)


【漁師の浦島太郎は、子供達が亀をいじめているところに遭遇する。太郎が亀を助けると、亀は礼として太郎を海の中の竜宮城に招く。竜宮城では乙姫が太郎を歓待する。しばらくして太郎が帰る意思を伝えると、乙姫は「決して開けてはならない」としつつ玉手箱を渡す。


太郎が亀に連れられ浜に帰ると、太郎が知っている人は誰もいない。太郎が玉手箱を開けると、中から煙が発生し、煙を浴びた太郎は老人の姿に変化する。浦島太郎が竜宮城で過ごした日々は数日だったが、地上では随分長い年月が経っていた。】


このおとぎ話の原型はなんと8世紀に成立した日本書紀にも記述されています。日本の古くからの伝承・昔話なので元々教訓を伝えるものではなかったのでしょう


あえて教訓を考えると、前半部分では亀を助けてお礼として竜宮城で歓待されるわけですから、良いことをすると良いことがあるというよくある教訓になるでしょう。


しかし、後半部分では、浜に帰って来ると長い年月が経っていたため、誰も知っている人はおらず、玉手箱を開けると実際の時間通りに老人になってしまいます。


ややもすると、玉手箱を開けるなという約束を破ったために老人になってしまうという悪い結果を招いたので、約束を破ってはいけないという教訓なのかと考えてしまいそうになりますが、玉手箱を開けなくても誰も知っている人のいない未来に一人ぼっちになるわけですから、これはこれで困った状況です。


また、そもそも開けると老人になってしまう玉手箱をわざわざ恩人に渡すのもおかしな話ですね。


話全体として教訓を考えると、行いに対して過大なお礼をほどこされた時は用心しなければならない、または、楽しく遊んでばかりいるとなにもかも失ってしまう、あるいは、亀がしゃべったり海の中のお城でお礼をするというような人智を超えた存在には近づいてはならないというところが、教訓として妥当なのではないかと考えます


ちなみに、この話は室町時代以降では浦島太郎は最後に鶴になり乙姫と夫婦になるという結末が加わる変形版があるそうで、これだと浦島太郎が救われる話であり、亀を助けることが発端となる物語の因果関係としてつじつまが合うように思います。


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