雑談(中学受験をする意味②)
前回に続き、中学受験で得られるものの2つ目である受験勉強を通じて身に着けた学力の話をします。
もし、受験をしなければ受験勉強もせず、そこで得られる学力も得られないわけですね。受験科目は算、国の2科目の場合と算、国、理の3科目の場合、算、国、理、社の4科目の場合があり勉強する科目数も違うのですが、国語は共通しています。
国語という科目について考えると、中学から古文、漢文が加わりますし、英語という科目も新しく加わるので時間的な余裕から考えると、現代文(論説系、小説、随筆)の読解力の大部分は、小学校時代に培われるべきだと考えます。
また、国語の文章を読み取る力や考えを書いて表現する力は他の科目にも影響すると思いますし、特に英語には後々大きく影響することを経験で知っています。
それらのことを考えると中学受験の準備で国語をしっかりと勉強する意味は、とても大きいことだと思います。
さて、中学受験で得られるものの3つ目である準備をして受験したという経験の話にうつります。
大きな目標に向かってコツコツやるべきことをこなし、少しずつ目標に近づいていくという経験は、人が生きていくうえでよくすることであり、また大切なことです。
他のしたいことをがまんしなければならない場合もあり、また楽しいばかりでなくつらい時もあるでしょう。しかし、それでも目標にむかって歩み続けるわけですね。
受験の終わった生徒の顔は、少したくましく大人びて見えるものです。結果はどうであれ最後まで歩み続けた者は、精神的に成長するのだと思います。
受験で得られる3つのものについて書いてきました。1つ目の進学の権利は合格しないと得られませんが、2つ目の学力と3つ目の経験はたとえ不合格だったとしても得られますね。
このことをわたしは受験を終えた人たちに伝えたいと思います。
お手数ですがやる気スイッチお願いします★
↓